駆け抜けた少女【完】
和やかな空気が山南を包んでいた。
箸を置くと徳利を持ち、空になっている藤堂のお猪口に酒をトクトクとついだ。
おっと!と、お猪口に口をつけた藤堂はにこやかな山南の意図を計ろうとする。
それに気づいたのか、山南は自らにも酒をつぐとくいっと飲み干した。
―――カチャ…
「いやね、我々はいつ命を落とすかも知れない職務だ。
この仕事に命をかけても良いと思える……だが、それならば尚更拠り所があってもいいのではないかと思ってね……」
山南は、数ヶ月前のことを思い出していた。
文久三年年明けの頃、京に倒幕派と勤王派の藩士や浪士が溢れ、佐幕派は"天誅"と称して暗殺される事件が続いた。
幕府はその対処のため会津藩主・松平容保を京都守護職として京にやり、将軍・家茂もまた京に上がることになる。
だがそれには様々な危険が予測されたため、その情報を聞きつけた清河八郎は浪士組を結成し京にやることを思い立った。
その浪士組に参加し、清河の将軍裏切り行為に反発した芹沢一派と近藤一派だけが京に残留することになり、後に芹沢の働きかけが叶い会津藩預かり壬生浪士組となった。
その任務には京の治安維持のため、いつ過激派と命をかけた死闘に合うかわからないような任務。
山南や藤堂のように腕の良い剣士ですら、もしかすれば明日はない命かもしれない。
だからこそ山南は藤堂の中で微かに生まれつつある、淡い恋心が良いことのように思えた。
危機迫る環境で、いつも殺伐とした空気のなかにいては気がやつれてしまうだろう。
芹沢一派のように毎日島原に行き好き勝手暴れまくる、そんなこと今の貧乏暮らしの壬生浪士組(近藤一派)にはできない娯楽である。
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