駆け抜けた少女【完】
ズッと一歩前に踏み出した時、矢央の体がふわっと浮いた。
それに驚いたのは、状況がわからない本人だけ。
「わっ! わっ!」
「暴れると、船には乗れないぞ」
「―――ん?」
背後から低いが優しい声がして、首を必死に振り向かせた。
すると、壬生浪士組一の巨大で力持ちな島田魁が、軽々と矢央を持ち上げていたのだ。
「島田さんっ!?」
「乗せてやるから、おとなしくしてるんだぞ?」
ニコッと笑うと、目尻に深い皺が寄る。
それが島田の人の良さを表していた。
安心した矢央はおとなしくなすがままになり、島田から一番側にいた永倉へと軽々渡される。
「―――ふぅ…」
「ふぅ…じゃねぇ! 船に乗るだけに時間使ってんじゃない」
「ぶぅ……」
「ハァ……」
また永倉に叱られむくれている。
「あはは、永倉はまるで間島の父親みたいだな?」
矢央を隣に来るように手招きする芹沢は、二人の様子を見てそう言った。
永倉は「なっ!?」と、赤面する。
「んな、ガキはいるかっ!」
「永倉さん、顔真っ赤」
「うるせぇっ!!」
その様子が可笑しくて、今度は沖田が動く。
「矢央さん……ね?」
ごにょごにょと、何やら言った沖田に、矢央はニヤッと笑い頷くと………
「父上、お酌しましょうか?」
「…だぁれがっ、父上だぁぁあ!」
その瞬間、船の上は笑い声に溢れたのだった。
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