駆け抜けた少女【完】

なんなんだろ? 芹沢さんといい楠さんといい。 二人共、馬鹿にもわかるように言ってくれたらいいのに


益々分からなくなったと、頭をグシャグシャと掻き回していると。



「……鳥の巣、発見」

「ん? あ……山崎さん」



手を止めて顔を上げると、道場の入り口にもたれた山崎がいた。


何やら言いたげな様子で歩み寄って来た山崎は、自分を見上げてくる矢央の耳元に唇を寄せた。


「あいつには気をつけや」

「……………」



秘め事のようにコソッと言うと、山崎は体を起こし矢央を見下ろしている。


「なんや、不服そうな顔しよって」

「それって、楠さんを疑ってるんですか?」



山崎の本来の任務は観察。

外部のことだけではなく、時には内部のことも秘密裏に偵察している。


そんな山崎が、楠に対して"気をつけろ"と言うことからして何かを疑っていることになる。


「怪しい奴は徹底的に調べるんが俺の仕事やからの。 教えといたろ、楠は長州の間者や」


長州の間者。

つまり長州の回し者。


あんな穏やかそうな少年が、危険をおかすなんて。


この時代、年齢や見た目は関係ないのだと改めて知った。


「あいつを救護隊に入れたんは、より見張れるようにや。
せやから迂闊に親しくすれば、後々面倒になるで」


「………面倒」


ハアと大きな溜め息が道場にこだました。


次から次ぎへと此処には安息の場はないのかと、またパタリと床に寝転んだ。



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