駆け抜けた少女【完】
「あのぉ?」
「へ?」
つい考えに更けていた男は、矢央が真下から顔を覗き込んでいるのに驚いた。
「名前、なんていうんですか?」
「ああ……名前ね。 俺は永倉新八だ」
「永倉……永倉……」
今度は矢央が永倉の名を呟きながら、何やら考えている。
首を捻らしたり、うーんと唸ってみたり。
「なんだよ?」と、永倉が尋ねると矢央はフゥと一息吐き。
「全く知らない!」
ドテッ!
近藤、土方、沖田の名前は勉強した時チラッと耳にして記憶の中にあったが、永倉という名前には一切聞き覚えがなかった。
「知らなくて当たり前だろ、今知り合ってんだから」
「いいえ。 私の時代では、貴方方は有名人ですよ? 本にも残ってて―……」
「なのに知らねぇと……」
「………はい」
暫しの沈黙。
永倉新八は新選組の中でも一、二を争う剣豪としても新選組の生き残りとして書物を残すなど有名人である。
だが矢央ははっきり言えば歴史が苦手だった。
難しい言葉を数々並べられると、数分でギブアップしたくなるほどだ。
そんな矢央が知るはずもないが、多分有名人だろうと分かるだけにこの沈黙が本人にはとても気まずかった。
「つまりお前は……」
「……………」
先に言葉を発したのは、永倉。
「バカだったわけだな」
「………正解です」
「…………」
「…………」
「もうちぃっと、勉学に励め」
「戻る事が出来たら、そうしたいと思います」