駆け抜けた少女【完】
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翌朝、布団をたたみ物音を立てずに部屋を出た矢央。
寝不足気味な眼は虚ろで、足下もふらつかせながら井戸へと向かう。
――バシャバシャッ…
冴えない頭を冷ますために井戸の冷たい水で顔を洗い懐から出した手拭いで濡れた顔を拭うと、フゥと短く息を吐いた。
チュンチュンと明け始めの朝空を雀が飛び交うのを見るのも、もう慣れた景色になりつつある。
早起きは苦手だった。
学校があっても、矢央の時代では夜が明けると共に起床する習慣なんてなかったからだ。
だがそれも、七ヶ月も経てば慣れた。
慣れるなんて無いと思っていた幕末の暮らし。
同じ日本なのに、暮らし方も生き方も政治も何もかも違っていて、でも悪いことばかりではなかった七ヶ月だ。
人の温もりだけは、この時代の人間の方が温かいような気さえする。
人と人の繋がりの深さ、人の想いの強さ、忠義の強さでもそう。
カタンッと、桶を置いた音が庭に小さく響く。
「……優しい人達なのに、どうして殺すことばかり考えるんだろう」
新撰組の人は怖い人達ばかりではない。
中には得体の知れない矢央に冷たく当たる者もいたが、そんな人は極少数で、皆優しく見守るように矢央を受け入れてくれた。
剣を握れば、確かに恐ろしい殺気を纏う新撰組も普段はそうではない、普通の男達なのだ。
未来について国について眼を輝かせ談義する姿も、近所の子供達と遊ぶ賑やかな姿も、和菓子に頬を落とす微笑ましい姿も、確かに彼らの本当の姿だ。
なのに、矢央は戸惑いに揺れていた。
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