駆け抜けた少女【完】

心の傷はどうしようとも簡単には癒せなかった。


芹沢の死が、仲間を闇討ちしたという事実がどうしても矢央には納得いかず、彼等が気を使ってくれればくれる程、戸惑いに揺れてしまう。


優しい姿と恐ろしい姿の一体どちらの彼等を見ていればいいのか……。


きっとどちらも本当の姿なのだろうと、内心はわかっていて受け入れていかなければ此処では生きていけないとわかっている。


しかし、感情が追いつかない。

追いつこうとすれば、また離れていくのだ。


どんなに頑張っても、彼等との距離が縮まらないもどかしさ。

もっと自分が強ければ。


「そんなところで何をしている?」


井戸に背中を預け俯いていた矢央は、ハッとして顔を上げた。

「……斉藤さん」

「顔を洗い終わって、もう随分と経つぞ」


手拭いを肩にかけた斉藤は、井戸から水をすくい上げる。

パシャと顔を洗う斉藤の横で、矢央はしょんぼりとしたまま。

「迷っているな」

「えっ!?」


手拭いで顔を拭い、スッと細めを向けられてドキッと心臓が跳ね上がった。


「お前は芹沢殿に懐いていたようだから、芹沢殿が亡くなり心が立ち止まったままとみえるが、違うか?」


読まれている?

矢央は胸元に手を当て鼓動を落ち着かせようとするが、なかなか治まらない。


「さぞかしお前の生きた時代は平和だったのだろうな」


手拭いの皺をバシッと伸ばし、斉藤は矢央に背を向けた。


「人の死に、そんなに心を乱されるほどに」

斉藤とは、こんなに口を動かす人だったかと思った。

物静かで一匹狼のような斉藤とは、これまであまり深く関わってこなかった。


もしかしたら嫌われているのかもしれないと、矢央が俯いた時―――


「斉藤さんは、平気なんですか?」

「人の死がか? …心苦しくなることはない。 それが俺の信じた誠のためならばな」

「誠のため……?」

「己の志だ。他人の言葉などに左右されず、己を信じる想いだ。 お前は、どうやらそれが足りないらしい」


斉藤の言葉は難しいと、矢央は眉間に皺を寄せた。


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