駆け抜けた少女【完】
「ちょっとっ! 聞いてます?」
「うわっ!?」
――グイッと袖を引かれた以蔵は、驚きながら、ようやく矢央を振り返った。
頭一つ低い矢央の頭に視線を向けると、赤い結紐が風に靡いている。
「知っとる。 前に龍馬から聞いたことがあるぜよ。 じゃじゃ馬娘に赤い結紐をあげたってな」
「ん? あ、これね。 そうそう、何か買ってくれたんだよ。私のお気に入り」
「そうか。 わしは……赤はすかん色じゃき」
引っ張られていた袖を引き返した以蔵は、また顔を背けた。
雪でも降るのだろうか、見上げた空にはうっすら雲がはっている。
「以蔵さん?」
「赤は血の色じゃき。 血は人の命を奪う。 わしゃ……罪深いことを、たっくさんしてきたき……赤は嫌いぜよ」
伏せられた眼は何を想い見つめているのだろうか。
人それぞれに、語りきれない過去がある。
「でも、人を照らしてくれる色だって赤色じゃないかな? 太陽だって炎だって、人に必要なものには赤色だってあるよ。 血色みたいに、黒い赤じゃなくて明るい赤色なら私は好きだなぁ」
「………そうか。 おまんは、どうするがか?」
龍馬から聞いたことがあった女子は、じゃじゃ馬だが明るくて光みたいな女子だと聞いていた以蔵。
新選組と暮らす少女を、いつかこちらに呼びたいとも言っていた龍馬の願いは叶ったのだろうか。
「私ね、自分が何をしたいのか分からないの。 知らない時代で一人で生きていく自信も勇気もないなら、何処かに居場所を見つけなきゃいけないって必死だった」
新選組しか知らない時代に、他に頼る場所などなく、ただ彼等に甘えていた。
彼等と繋がりがあるのは確たるものだったが、ただそれだけのために自分が其処に存在する意味が分からなかった。
「ただ好きなだけじゃあ、いていい場所じゃなかった。 みんなには目指す場所があって目的があって守るものがあった。 そのために、あの場所で命をかけて戦ってる」
でも自分は、どうなんだろう。
何の目的で、何のために、あそこにいるのか。
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