駆け抜けた少女【完】

ひんやりと身に染みる風を避けたくて、お龍のかけてくれた羽織りを深くかぶりなおした。


「男って、勝手な生き物」

「え……?」


思い深げな言い方が引っかかる。


「坂本さんと出会った時、そう思った。 いつも当然現れて、周りを掻き回して、そしていなくなる。 後始末も中途半端で、放浪癖がなおらんで、何がしたいのかさっぱり分からない」

これは愚痴なのだろうか。

と、矢央は戸惑いながらも、お龍の話を黙って聞いていた。


「でもね、男ってそんなもんよ。 自分勝手に生きて、すっきりして死んでいく。 それを、ただ見ていることしか出来ないのは女。 ただ男の帰りを黙って待つ、それが女」


お龍は、確かにいつも黙って龍馬に従っていた。

文句も言わず、愚痴もこぼさず。


「でもあたしは、そんなただの女に成り下がる気はない。
坂本さんが危ないのなら、命に代えても助けてみせる」


そう言ったお龍の横顔には迷いがなく、凛としていた。


「この国がどうなろうとしているかなんて、あたしにはどうだっていいことよ。
ただ坂本さんに、長く生きてほしいと願うだけ。 だけどそれを言ったところで、国を動かそうとしている男達というのは、"志のためなら死すら恐れぬ"とか格好つけちゃうのよ」


いつの間にか、矢央はうんうんと真剣に相槌を打っていた。


志のためなら死すら恐れぬ。

それこそ武士の生き様だとでも言いたげな男達。


「馬鹿だと思わない? 志のために死んでどうすんの。 残された者達の……女の気持ちは、何とも思わないのかしらって」

「馬鹿って……さすがに、そこまで」


言わなくても良いのでは?

と、矢央は俯いた。


.
< 462 / 592 >

この作品をシェア

pagetop