駆け抜けた少女【完】
ひんやりと身に染みる風を避けたくて、お龍のかけてくれた羽織りを深くかぶりなおした。
「男って、勝手な生き物」
「え……?」
思い深げな言い方が引っかかる。
「坂本さんと出会った時、そう思った。 いつも当然現れて、周りを掻き回して、そしていなくなる。 後始末も中途半端で、放浪癖がなおらんで、何がしたいのかさっぱり分からない」
これは愚痴なのだろうか。
と、矢央は戸惑いながらも、お龍の話を黙って聞いていた。
「でもね、男ってそんなもんよ。 自分勝手に生きて、すっきりして死んでいく。 それを、ただ見ていることしか出来ないのは女。 ただ男の帰りを黙って待つ、それが女」
お龍は、確かにいつも黙って龍馬に従っていた。
文句も言わず、愚痴もこぼさず。
「でもあたしは、そんなただの女に成り下がる気はない。
坂本さんが危ないのなら、命に代えても助けてみせる」
そう言ったお龍の横顔には迷いがなく、凛としていた。
「この国がどうなろうとしているかなんて、あたしにはどうだっていいことよ。
ただ坂本さんに、長く生きてほしいと願うだけ。 だけどそれを言ったところで、国を動かそうとしている男達というのは、"志のためなら死すら恐れぬ"とか格好つけちゃうのよ」
いつの間にか、矢央はうんうんと真剣に相槌を打っていた。
志のためなら死すら恐れぬ。
それこそ武士の生き様だとでも言いたげな男達。
「馬鹿だと思わない? 志のために死んでどうすんの。 残された者達の……女の気持ちは、何とも思わないのかしらって」
「馬鹿って……さすがに、そこまで」
言わなくても良いのでは?
と、矢央は俯いた。
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