駆け抜けた少女【完】
先に戻っているわ。と、お龍が舟宿に入って少し経った。
矢央は、すくっと立ち上がると死角になっている宿と宿の間に入って行った。
薄暗い其処で、ひやりと冷たい壁に背中を預けた矢央は、ふうと短く息を吐くと顔を上げた。
じっと其処に誰かがいるとわかっているかのように、一点を見つめている。
「山崎さん。 いるんでしょう?」
「………何で分かった?」
屋根からスタッと地におりてきたのは、観察方であり救護隊での矢央の上司に当たる山崎であった。
山崎は怪しむように矢央を一瞥したかと思うと、直ぐに左右を振り返って人がいないかを確認している。
「私一人ですよ」
そうか。と、気配も感じないので山崎は多少の警戒心を解く。
「ずっと見張ってましたよね?」
「知っとたんかい」
「何となく、誰かに見られているなって感じでしたけど。 最近は、もう一人視線を感じて、ああって確信しました」
人差し指を立て閃いたとでも言う仕草で、おどけてみせると、山崎は頭を押さえて溜め息をついていた。
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