駆け抜けた少女【完】

「おまんは、分かってるかが。 新選組と、わしらは敵同士じゃ!? そんな場所に帰りたいとぬかすおまんをっ…友とは…言えんっぜよっ」


ギリッと口を噛むと、血の味が口内に広がった。

悔しくて、悲しかった。


矢央と出会い、以蔵は少し変われた。

頼るものがなくなり、一人になった己と似た少女。

側にいる内に、己の苦しみを少しずつ癒やしてくれたのは、目の前で憎く歪んでいく少女。


「おまんは、龍馬を裏切るつもりなんか…?」

「……っ……」


裏切りたくない。

でも、新選組に帰るということは裏切るということ。


矢央は何も言えず、ただ涙を流す。


「……行け」

「い…ぞ…さん?」


矢央に背を向けた以蔵は、腰にあった刀に手を翳す。

小刻みに震える手は、必死の思いが込められていた。


裏切るものは誰であろうと斬るべきだろう。

矢央は、こちらの事情を多少なりと知ってしまっているのだから、そうするのが当然。


「早よう行くぜよっ! おまんの顔など見とうないきっ。 とっととわしの前から消え失せろ」

だが、以蔵には矢央を斬ることなど出来ない。

己を癒やしてくれた、己が好意を寄せた少女を血に汚すなんて、とても出来るものではなかった。


本当は側にいてほしい。

いっそ縄で縛り付け、部屋に閉じ込めしまえばいいとさえ考えた。


しかし、やはり出来なかった。

「……以蔵さん…。 私っ…、以蔵さんにも坂本さんにも、いっぱい感謝してますっ」

「………」


鼻を啜る音に胸が痛む。

泣きたいのはこっちだと、つい口から出そうになる。


.
< 501 / 592 >

この作品をシェア

pagetop