駆け抜けた少女【完】
そんな矢央の行く先に、塀にもたれている男が一人。
夕焼けに茶髪を染めて、ゆっくりと此方に視線を流す。
「なが…くらさん…」
「また泣いてんのか。 お前、本当に泣き虫だな」
口悪く聞こえたその言葉だが、伸ばされた手は優しく矢央の髪を撫でていた。
「永倉さんっ…ううっ…」
別れが辛く泣く少女を労るように、大きな体に小さな体を包み込む。
どちらにせよ別れを選ばずにはいられなかった矢央の悲しみを、少しは紛らわしてやりたかった。
辛い選択。
今は泣かせてやろうと、永倉は黙ったまま震える背中をずっと撫でてやった。
*
「緊張してんな」
「…そりゃしますよ。 だって、私は…」
赤が黒に染まった空に下、新選組屯所の裏口に佇む二つの影。
小さな影は腰を丸め、更に小さく揺れている。
キリキリと胃が痛み、お腹を抱え込み座り込んでしまった。
「フッ。 出会った頃の威勢の良さは何処に行ったんだ?」
永倉は身を屈め、また泣き出しそうな矢央の頭に手を置いてクシャクシャと掻き回す。
永倉は見回りから帰って来た斉藤に、矢央を迎えに行ってやれと言われ今に至る。
ようやく屯所に帰って来たというのに、このままではいつまで経っても中に入れそうもないと苦笑いだ。
「しゃーねぇなぁ…」
と、一言呟き立ち上がると、永倉は矢央を置いて中庭入ってしまった。
残された矢央は愕然として、また大きな瞳に涙を溜めだした。
「永倉さぁぁん…」
こんな場所で一人にしないでほしい。
斉藤や山崎に出会すなら良いが、他の者に会ったらと思うとそわそわと落ち着かない。
未だに座り込んだまま、周りをキョロキョロとする矢央。
「矢央…ちゃん……」
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