駆け抜けた少女【完】
「そんなことないですよ。 あなたが、勇気を持って情報を得てくれたおかげで、的を絞ることが出来たんですから」
「だよなぁ。 ひとつ間違えていたら、死んでたかもしれないし。 新八さんも、危ないことをさせんなよ」
「俺じゃなく、提案したのは斎藤なんだけど」
沖田は矢央を誉めていたのに、話を反らされてしまい苦笑いを浮かべていた。
とりあえず無事に帰ってきたことを喜ぶべきだろうと、またたわいない会話が弾む。
「……コホッ」
「沖田さん、風邪ですか?」
大量にあった茶菓子もそろそろ底がつきはじめ、穏やかな風に満腹になった体は眠気を呼んだ。
皆の会話を軽く聞き流しながら、うとうとしていたら、沖田が小さく咳き込むものだから気になって尋ねてみる。
「……いえいえ。 ちょっとお茶に蒸せただけですよ」
にこっと笑ってみせる沖田。
そのいつもと変わらない笑顔を見ると、本当に蒸せただけかと思った。
「それでは、私は少し近藤さんのところへ行ってきます」
そう言って立ち上がった沖田は、四人に「ではまた」と告げて部屋を立ち去る。
太陽がもうすぐ一番高い場所に登ろうとしている正午前、沖田は八木邸の門から見える向かい側の家へと視線を向けた。
前川邸の倉で、今まさに拷問が行われているとは思えないほどに穏やかな風景だ。
「…コホッ…ケホッケホッ…」
また、蒸せた。
少し熱っぽいきもすると、眉を寄せる。
胸騒ぎもしていた。
今日、何かが起こるのではないかというような胸騒ぎ。
「ケホッ…コホッ」
自ら胸をさすり、咳が落ち着くのを柱にもたれながら待った。
「ケホッケホッ! …はあ、こんな時に風邪ですか。 何ともだらしい体だ」
落ち着きを取り戻し、柱に手をつき体勢を整える。
近藤の部屋へと歩き始めた沖田の後ろ姿を、屋根の上から見ている影に誰も気づくことはなかった―――――
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