駆け抜けた少女【完】
ひた、ひた、と血の海を歩く長髪の男。
その男の名は、長州藩・吉田稔麿。
片腕を既に失っていた吉田の前には、新選組一番隊隊長・沖田総司。
「あなたもしつこいですね。 そろそろ死んでいただけないでしょうか?」
正眼に構える沖田は、内心焦りを感じていた。
いつもならば感じない不安は、体の不調のためだ。
「新選組が。 我々の邪魔をいたすな」
「どちらかと言えば、あなたが邪魔なんですよ? 分かってないですねぇ、吉田さん」
片腕一本で沖田に適うはずがないのに、吉田はそれでも構え逃げる様子すらない。
此処は早く斬り捨てるに限ると、沖田から飛び込んだ。
ダダダァァンッッ!!
沖田にしか出来ないと言われる三段突きを、吉田は己の体で受け止めた。
ゆらりと傾く体を、両足で踏みとどまらせる。
「ぐふぅっ…」
「しぶといなぁ」
ならばと、もう一撃突き出すが、踏ん張った足場が悪く、血の滑りで足が滑り転倒。
その際に、強く胸を打ちつけた沖田は咳き込んだ。
「ゴホッゴホッ…ゴフッ…」
「沖田…。 貴様……」
「? …ゴフッ…ケホッガバッ…ウッ…アハッ!?」
喉が焼けるように熱く、咳きが止まらない。
喉を押さえ、無理矢理息を呑み込み抑えようとした刹那――
「ゲホッ―……!」
ドポッと、掌に落ちた黒い血の塊に沖田は双眸を見開いた。
「なるほどな。 貴様も先は長くないというわけか。 ならば…共に死ねぇっ!」
薄笑いを浮かべた吉田の蹴りに、沖田の体は壁に打ちつけられてしまう。
背中を押し付けた沖田は「ガバッ…」と、新しい血を吐いた。
床に己の血が飛び散るのを見て、沖田の眉間に皺が寄る。
吐いた。 吐いてしまった。
風邪だと誤魔化していたのに、吐きたい衝動を誤魔化して此処まで来たのに、
血を吐いてしまった―――
「こん…ゲホッ…ど…さん…」
弱々しい沖田の声は近藤には届くことはなく、代わりに応えたのは薄光の中輝く少女だった。
「惣司郎君っ!」
沖田との間に突如現れた少女に、吉田は驚いた。
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