駆け抜けた少女【完】


「うっしゃっ! たらふく飲むぞ!」

「あんま飲みすぎると、いざという時ヤバいよ。 左之さん」

「大丈夫だ! 不死身の左之助様たぁ、俺様のことよ!」

「関係ねぇよ、それ」

「私は、食べ物があればいいけどなぁ」




和やかな空気、反対側の路地にはもう意識はない。



過ぎ去って行く矢央に、伸ばしたくても伸ばせない手。


「矢央…矢央っ…」


後少し早く路地から出ていれば、間違いなく矢央に気付いてもらえただろう。


そうすれば、最後に一言くらい交わせたであろう。



いつか故郷に帰れた時、一緒に帰られたらと思えた少女。


笑顔で「いつか連れて行ってね」と言ってくれた少女。


初めて恋心を寄せた少女。



ゆっくりと、姿は見えなくなっていく。


人並みに消えて行く矢央を、以蔵は諦めきれず首を必死に伸ばし、そしてその名を叫んだ。



「矢央ォォォォ!!」


自分は此処にいる。

君を想い、君に会いたいと叫ぶ。


もう一度、君の笑顔が見たいのだと叫んだ。






「…………」

「矢央ちゃん、どうかした?」


立ち止まった矢央を気にした藤堂は、矢央が見つめる先に目を向けた。


.
< 568 / 592 >

この作品をシェア

pagetop