駆け抜けた少女【完】
その声は、愛しい少女まで届くことはなかった。
皮肉なことに、今日が祭りでなかったならば、その叫びは届いたことだろう。
「矢央?」
「捕らえられた人は、どうなるの?」
歩いて来た道を見つめながら、ふとそんなことが気になった。
誰か捕まったのか、奥がやけに騒がしい。
「お前が知る必要はねぇよ」
「そうさ。 ほら、早く行こう」
何故か気になったが、矢央は戻ることはなかった。
「や…お…。 気付いてくれぇ…」
絞り出した声は、虚しく土に吸い込まれた。
元治元年六月、蒸し暑さが和らぎ始めた夕刻、人斬り以蔵は幕臣により捕らえられた。
その後に、土佐藩に身柄を渡された以蔵は吉田東洋殺しについて酷い拷問を受けることとなる。
そして翌年の慶応元年五月十一日、酷い拷問に耐えかねた以蔵は全てを自供し打ち首となるのである。
約一年の間、拷問に耐え続け、薄汚れた牢屋で一人孤独に過ごした。
慕っていた武市に、以蔵は拷問に耐えられず全てを話してしまうのではないかと恐れ、毒入りの饅頭を食わされかけ、信じるものを無くした以蔵。
そんな以蔵が、牢屋の中でいつも呟いていた名があった。
「矢央」と、名を呟いく時だけ、僅かに笑みを浮かべた。
.