だから、君に
「先生」
開けっぱなしだった廊下の窓から、麻生がひょっこりと顔を出す。
「あぁ」
「始められますか?」
どくん、と緊張が胸を大きく波打たせる。
逃げたい。
そんなふうに考えた自分を苦々しく思いながら、普通に見えるように軽くうなずいてみせた。
「失礼します」
凛とした麻生の声が、ほんの少し僕の凍りつくような気持ちを溶かす。
麻生に続いて、小柄な初老の男性が教室に入ってきた。
「……はじめまして」
声が上ずらないよう、警戒を滲ませないよう、慎重に挨拶をする。
麻生の祖父の黒い瞳が、じっと僕を見つめている。
観察されているわけでも、非難されているわけでもない。
ただ僕を、無表情にも思えるくらい、静かに見据えていた。
麻生が少し気遣わしげに僕の方を向いているのがわかる。
大丈夫、大丈夫だ。
心の中で深く息を吸い、僕は姿勢を正した。
「担任の、芹澤と申します。本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」
僕の言葉に、麻生さんが深々と頭を下げ、僕もそれに合わせるよう、ゆっくりお辞儀をした。