だから、君に
母は何も聞かず、みかんの皮をむき続ける。
テレビは初詣に押し掛ける人々の様子に切り替わった。その様子を写すべくヘリコプターに乗り大仰な解説を加えるアナウンサーを見て、あら素敵、とつぶやいた。

「でも芹澤さんには負けるなあ」

そう小さな声で言ったのも、聞こえた。

「あの写真撮るとき、大志が率先して芹澤さんの横に立ったの、覚えてる」

「ああ」

母は四人で撮った写真を、目を細めて見ていた。

「いつもなら母さんの横を離れなかったのに、いざ撮るとなったらそそくさと芹澤さんの横に立っちゃって。びっくりしたな」

あのとき僕は、芹澤さんの横にいたかったというより、苦手だった由紀の隣に行くことを避けたのだ。

「芹澤さんね。後でとっても喜んでた」

「そうなんだ」

「こうやって見ると、あんたと芹澤さん、似てるわ」

「そうかな」

「由紀も私みたいにきれいだし」

「まあ、きれいはきれいだけど」

本当にね、と言った母の声は、それ以上続くことがなかった。


< 146 / 152 >

この作品をシェア

pagetop