妖魔03(R)〜星霜〜
「あ、洗濯物、干すの忘れとったわ!」

摩耶さんは頭の中で電球を光らせましたよ。

「放っておけば、鼻に軽やかな匂いを届けてもらえますよ」

「えー、パパの匂いやったらええけど、生臭いのは嫌や!」

電撃を受けたように素早く立ち上がって、病室の扉に向います。

「パパともうちょっと話したかったけど、また明日や!ゆっくり休んでや!」

「恩師、摩耶さん、家までお送りします」

摩耶さんと葵さんは共に病室から出て行ってしまいました。

湖畔の静けさが病室の中に広がっているようです。

千羽鶴は何も語ることなく、風に揺れて飛んでいるように見えます。

「残念ですね」

今の状態では依頼を頼みに来てくれる人もいませんね。

死地に辿り着く道から少し離れてしまいましたよ。

ですが、死地に向うとなれば、全ての力を出し切るほど万全でなければなりません。

中途半端ですと、相手の方が憤怒してしまいますからね。

「少し歩きましょうか」

撃たれてしまいましたが、今は動くようになっています。

しっかりとリハビリを行わなければ、お医者さんに申し訳ありませんからね。

ベッドの上から立ち上がり、部屋から出ます。

ここでは死地を求める相手もいませんから、ナイフは消していますよ。

色々な患者さんが歩いていますが、ニガ瓜を食べた後のように苦い顔をしている人ばかりですね。

病院食にニガ瓜は出されていなかったような気はしますがね。

廊下を歩く事数分、見覚えのある背中を見つけました。

私服姿の彼女はフラフラと隙のない動きで彷徨っているようです。

今なら、彼女に死地を求めてもいいかもしれません。

殺気だっているわけではありませんが、何か仕掛ければ彼女は反応してくれるでしょうか。

「アカ・マナフ、か」

私が動く前に彼女はこちらを向いてしまいましたよ。

「おや、今の野川さんは鉛筆削りで削った鉛筆よりも鋭いですね」

野川さんはため息をついて、体内の毒素を吐き出したようです。

体の色は濃いですが、影が薄くなってしまった野川さんはどのように暮らしていたのか、気になってしまいますよ。
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