第六感ヘルツ
2,のっぺらぼう
「ああもうこんな時間だわ」
鏡台を前に忙しなくチークをはけで乗せていく。幾つか色を試したところで、今日はオレンジかな と一人ごちた。化粧をしている自分の意識は鏡台の中など向いてはいない。かち こち と一定の時を刻む秒針を追いかけている。手慣れたもので、わざわざ見なくても何とか様にはなるものだ。長くうねった髪を簡単に手櫛で梳き、うーん と顎に手を当てた。
「今日はどれかしら」
やはりその意識は、鏡台の中ではなく。
「仕事じゃないからこれはなしね」
一つ避け、二つ避け。きょろきょろと忙しなく行き来する意識が、ようやく納得のいくものに手を着けた。
「これかしら」
手にとってはめてみる。ぐちゅり と生々しい音が鼓膜を何度か擦るが、さして気にも留めなかった。ようやく鏡台の中の自分を眺めようと思ってから、うっかりしていたことに気づいた。
「ああ忘れちゃいけないわ」
大袈裟に肩をすくめて、ひょいとそれを持ち上げる。ぐり ぐり と瞼にはめこみ、完成した自分を満足げに笑って見やった。
「焦点がすぐ定まらないのよね」
あらぬ方向を向いた目を何度かしばたかせれば、ようやくちゃんとした顔がそこに映し出された。かたん と軽く音を立て引き出しを開けると、先ほどまで化粧を施していた面々を丁寧にしまっていく。
「顔がないってのも大変よね」
はあ と大きく溜め息をつけば、貼り付けた笑顔が、ぐじゅ と皺を寄せて歪んだ。
2,のっぺらぼう【エンド】