君がいた風景
女将さんに呼び止められて、春人は足を止めた。


女将さんは深刻な顔をしている。


「拓磨と…どうかいつまでも仲良くしてあげてくれませんか?」

「え…?」

「拓磨は赤ちゃんの頃に両親を亡くして…私が母親がわりをしてきたんです」

「そうだったんですか…でも、なんで俺に?」

「春人くんが来てから、あの子…生き生きしてるというか…心の底から楽しんでいるのよ。今までは無理して明るくしてる感じがあったから…」

「拓磨…」

「本当は寂しいと思うの。でも私の前ではいつもニコニコして…ちっとも弱音も吐かないの…」

女将さんの瞳がじわじわと揺れ出していた。


「女将さんのことが大好きなんですよ、あいつは。強がってるわけじゃない。ただ、女将さんの喜ぶ顔を見ていたいだけなんだと思いますよ」


女将さんは涙が溢れそうなのをこらえていた。


「拓磨は強い子だ。絶対に女将さんをしっかり守れるようなたくましい男になりますよ」

「ふふ…そうね。ありがとう、春人くん。呼び止めたりしてごめんなさいね。」

「いえ、それじゃ」

春人は女将さんに見送られながら、旅館の外へ出かけて行った。



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