タナトスの光
既に、バレていた。
しかも。
退職金のことすら、忘れていただなんて。
通勤ごっこなんて。
あんな苦労をする前に。
家族を信じて。
妻に、娘に、もっと早く話すべきだった。
「夫としても、父親としても、私は失格だな。」
思わずそんな言葉が、口をついて出た。
「なに言ってんのよ。あなたは二十五年間、立派に勤めあげてきたじゃないの。退職金をやりくりしながら、あなたの仕事が見つかる間くらい、パートでもなんでもして、あたしが代わりに稼いでみせるわ。」
妻はそう言って、その細い腕で腕まくりをして、微笑んだ。
「あたしもバイトするから!」
娘はそう言うが早いか、私に近づいて来て。
私の左腕に、自分の右腕を絡ませた。
「ほら、お母さんはそっち。」
妻が照れくさそうに近づいて来て、やはり私の右腕に、自分の左腕を絡ませる。
「わぁ、見て。星があんなにきれい。」
娘の言葉で、私達は夜空を見上げた。
妻と娘のぬくもりが、両腕から伝わってくる。
それはきっと。
家族の絆と。
思いやりの温かさだ。
もう一度私は、鉄柵のほうをチラリと見た。
やはり誰も、いない。
あれはいったい、なんだったのだろう。
「そっからでっせ。」
タナトスの光さんの言葉が、聞こえたような気がした。
私は自分の胸に、目をやると。
妻と娘の横顔を見てから、ふたりと同じように。
そのままジッと、きれいな星空を眺めていた。
<終>
しかも。
退職金のことすら、忘れていただなんて。
通勤ごっこなんて。
あんな苦労をする前に。
家族を信じて。
妻に、娘に、もっと早く話すべきだった。
「夫としても、父親としても、私は失格だな。」
思わずそんな言葉が、口をついて出た。
「なに言ってんのよ。あなたは二十五年間、立派に勤めあげてきたじゃないの。退職金をやりくりしながら、あなたの仕事が見つかる間くらい、パートでもなんでもして、あたしが代わりに稼いでみせるわ。」
妻はそう言って、その細い腕で腕まくりをして、微笑んだ。
「あたしもバイトするから!」
娘はそう言うが早いか、私に近づいて来て。
私の左腕に、自分の右腕を絡ませた。
「ほら、お母さんはそっち。」
妻が照れくさそうに近づいて来て、やはり私の右腕に、自分の左腕を絡ませる。
「わぁ、見て。星があんなにきれい。」
娘の言葉で、私達は夜空を見上げた。
妻と娘のぬくもりが、両腕から伝わってくる。
それはきっと。
家族の絆と。
思いやりの温かさだ。
もう一度私は、鉄柵のほうをチラリと見た。
やはり誰も、いない。
あれはいったい、なんだったのだろう。
「そっからでっせ。」
タナトスの光さんの言葉が、聞こえたような気がした。
私は自分の胸に、目をやると。
妻と娘の横顔を見てから、ふたりと同じように。
そのままジッと、きれいな星空を眺めていた。
<終>