タナトスの光
忘れよう。
たいしたことはない。

別に最後まで、された訳じゃないし。
ただちょっと、痴漢にあったくらいに思えばいい。

学校についてから。
あたしはこっそりと、焼却炉の前に来ていた。

周囲に誰もいないことを確認してから。
昨夜のワンピと下着類をまとめて入れておいた紙袋を、焼却口に捨てるように投げ入れた。

そしてそのまま、土足置き場のあるほうへと何事もなかったかのように、歩き出した。

「おはよう!」

体育担当の若い男性教師が、元気良くあいさつをしてくる。

うちの学校では、毎日ふたりの先生が日替わりで、校門前と土足置き場近くの両方に立って、生徒にあいさつをするのが決まりだった。

「おはようございます。」

小さく会釈をして、通り過ぎようとしたとき。

「ちょっと君、右肩のところが黒く汚れているよ。」

そう言われて、あたしは立ち止まった。

右肩を見ようと、首を動かして見たのだけれど、自分からは分かりにくい場所にあるのか、その汚れの場所を見つけることが出来ない。

でもきっと、さっき焼却炉に捨てようとしたときに、ついた汚れに違いない。

先生は、あたしにその汚れの場所を教えようと、数歩近づいて来て、人差し指で汚れの場所を指し示そうと、あたしに向かって、その手を伸ばした。

その瞬間。
あたしの脳裏に。
昨夜の出来事が甦った。

生々しく荒い、息づかい。
全身をまさぐる、あの氷のような冷たい手。

「さ、触らないで!」

自分でも信じられないくらいの大声を、あたしは出していた。

周囲の生徒の視線が、一斉に先生を凝視する。

「えっ?あ、いや、その、違う。」

あたふたして、戸惑っている先生の隣りで。
あたしは自分の身体を、両手で強く抱きしめたまま、うずくまってしまっていた。
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