タナトスの光
お母さんに髪をなでられるなんて、何年ぶりだろう。

その心地良さに。
その温かさに。
少しだけ昔に返ったような気がした。

「ねぇ、お母さん。今日がその一緒に食事の日の一日目にしない?」

「そうね!この時間だから、まだ昼食だけど。冷蔵庫には、なにかあったかしら?」

あたしは考え込んで。
「えっと。今日の朝食がほとんど手つかずで入ってるくらいしか。たぶん。」

お母さんはあたしの頭を軽くこづいてから。
「朝食抜いたの?ちゃんと食べなきゃダメよ。まぁ、この際それは置いといて。今から材料買いに行かないとね?なに食べたい?」

あたしは悩んだふりをしてから。
「お母さんがお父さんを落とすときに使った、我が家特製の肉じゃががいいなぁ。」

お母さんの体温が、少し上がったような気がした。
「この子は!違うの。お母さんのほうからアプローチした訳じゃないのよ!あくまで好きになったのは、お父さんのほうなの。それで肉じゃがが好きだって言うから。たまたま作ってあげたら・・・。」

「はいはい。」
あたしは軽くふたつ返事をしてから。
お母さんの肩に頭をちょこんと乗せてみた。
お母さんが真似するように、あたしの頭にちょこんと自分の頭を乗せる。

なんだか心が、ほんわりする。

身体中に残る。
無数の冷たいアザあとが。
冷たい手の感触が。
寂しさとともに。
解けてなくなったような気がした。

「どこから来たかっつったらぁ。そこぉ?みたいな?」

彼女の声が聞こえたような気がして、テレビのほうをもう一度だけ見た。

やはりそこには、誰もいない。

あたしはもう少しだけ、お母さんのぬくもりを感じたくて、自分の胸を一度だけ見てから、そのままお母さんの肩に頭を乗せたまま、ジッとしていた。

<終>
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