タナトスの光
会社をクビになる、約一ヶ月前。
私はある中小企業の営業部の課長をしていた。

課長といっても。
現場を渡り歩く、未だに現役バリバリの営業マン。

この仕事に、やりがいを見出していた私は。
正直、肩書きなんて、どうでも良いと思っていた。

会社自体の売り上げは、減少していたものの。
私個人の売り上げは、そんなに落ちていた訳ではなく。

不況?
リストラ?
あの日部長に、呼ばれるまでは。

会社に貢献しているこの私には。
まったく別の。
遠い世界での出来事のように、あの頃の私は思っていた。

誰にも聞かれないようにとの。
部長の配慮だったのだろう。
私は会議室で、部長とふたり、対面をしていた。

「忙しいときに、悪いねぇ。」
申し訳なさそうに、部長が言う。
「いえ、ところでなんのご用でしょうか?」
「あ、いやねぇ、ここんところわが社の売り上げも、思わしくなくてねぇ。」
そう言った部長の目が、泳いでいた。
「実に言いにくいんだが、これも上の命令でね。出来れば君に穏便に、わが社を去ってもらえると、私としてはとても助かるんだが。」

後頭部を、なにかの鈍器で殴られたような衝撃を、私は感じていた。

「それは、どういう意味でしょうか?」
震える唇で、私はそう発していた。

「すまんねぇ。私としては君個人をとても気に入っているんだが、上は給料の高い君より、将来性も含めて、若い者を残そう、という判断をしたようなんだ。もちろん、今回の人員整理は、君だけに限ったことではないんだがね。」

うなだれた私を見て。
部長は私の肩を、二回軽く叩いてから。
「出来れば一週間のうちに、仕事の整理と引継ぎをして欲しい。」

そう言い残して、会議室を出て行った。
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