タナトスの光
腕時計を見ると、午後の八時。

もう、こんな時間なのか。

通勤ごっこを終えて。
いつもならとっくに、家に帰っている時間帯。

私は自分の家の階を素通りし。
自宅のマンションの屋上へと、昇って来ていた。

口座に給料が振込まれなければ、妻にはバレてしまうだろう。

鉄柵越しに、街の夜景がきれいだ。

あの灯り、ひとつひとつに。
色々な事情を抱えて。
色々な人達が住んでいる。

目頭が、少しだけ熱くなった。

いっそこのまま、そのきれいな場所へと飛び込んでしまいたい。

ダイビングするんだ。

そうすれば、きっと楽になれる。
いや、せめて今のこの苦しみからは、逃れられるはずだ。

この世界とは、別の世界へ。

私はフラフラと、鉄柵に近づき、両手でそれを強く、握った。
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