テアトロ・ド・ペラの憂鬱
生憎と雨のマルツォ(三月)。
かのカッフェ・グレコで修行した主人が今日も無愛想なバール(カフェ兼立ち呑み屋)を抜けて裏道に入る。
カツカツと高いヒールが石畳を叩いて、人も疎らな脇道に響いき、すぐに辿り着いたクレメリーア(アイス屋)の角を曲がる。
しかしすぐさま足音は戻ってきて、赤いヒールはジェラードが並ぶウィンドウで涎を垂らした。
「ダイエットはどうしたんだよ」
赤いヒールのすぐ後を追ってきていた葡萄酒色をしたジャケットの男がバカにするように笑う。
ハハハッとイタリア伊達男らしい爽やかさで、赤いヒールのお腹を摘まんだ。
「…セッタは抱き心地がよくなったって言ってくれた」
がさついた、けれど高い女の声。
傘を差さないふたりは、この珍しい雨を楽しむように濡れていて、普段ふかふかと太陽のにおいのする女の髪はしたりと憂鬱に落ち込んでいる。
「行こうぜ。みんな待ってるだろうし」
紫の男が赤いヒールを抱くように歩き出した。
赤いヒールはクレメリーアが見えなくなると、ジェラードへの執着などはじめからなかったかのように男の腕に身体を任せて何事か囁くように笑った。