テアトロ・ド・ペラの憂鬱
それは随分と昔のようで、まるでお伽噺の中のお姫様の名前のような感覚をアコに与えていた。
「…グランマになにかあったか」
戸惑いを目に、アコが肩を震わせる。
指先を自分の腕に立てて、なにか耐えるように息を飲んだ。
『―――グランマ』
彼女が英国に居た幼少時代。
まるで本物のお姫様のようにアコを育て、本当の娘のように慈しんだ、美しく強かで柔らかな女性。
暖かな日溜まり、安らかな闇。
若い頃、イタリアで長く暮らしていた彼女。
毎日のアンティパスト(前菜)は、トマトが美味しいブルスケッタだった。
アコにとってそのブルスケッタが母親の味であり、『グランマ』自身が母親代わり。
美しく穏やかで、凜とした女性だった。
「…昨日、目撃者が」
がち、と噛み合わない奥歯が震えて鳴いた。
―――昨日の夕刻、綿密に計画した仕事の手順に思わぬ蛇足が付いたのを、カーラに伝える。
カーラは黙って、アコの頭に手を置きながら、彼女を見下ろしていた。
「…ターゲットを殺して脱出しようとした時、ヘルパーが忘れ物を取りに戻ってきた」
いつもならこの時間、決して人は近寄らない隠居爺の古い屋敷。