†君、男~Memory.. limit of grief~

「あそこだ!」


いつの間にか南橋駅に着いていた二人。
恵はずーっと引っ張られていた。


二人は人だかりのところに向かう。
ボーカルの人は恵を見るなり
「あぁ、君!」と言って指を指した。


「来てくれたんだ?ありがと」


「来るつもりはありませんでした。
 友達が無理やり…」


ボーカルの人は恵に近づく。


「1度だけ、歌ってみない?
 君、歌上手そうだし」


再び恵を誘う。
燐は目を見開いた。


「凄いじゃんレイン!
 歌ってみたら?」


「レインって言うの?
 俺は湊(みなと)、よろしく。
 ホラ、こっちおいで」


恵の腕を掴んで引っ張っていく。
慌てる恵の後ろでは燐が背中を押していた。


「いってらっしゃーい」



数分の話し合いの後
恵は湊にマイクを渡された。
嫌そうに口元歪め、恵は念を押して訊く。


「本当に歌うんですか?」


「もちろん!大丈夫、俺達が
 上手い事合わせるから」


「そうじゃなくて…。
 そんなに上手くないし、歌」


最後の方は小声だったが
湊にはしっかりと聞こえていた。
恵の肩に手を乗せ優しく微笑んだ。


「平気平気、楽しくやればさ」


「―――…」



楽しく――…?



そう…歌う事って楽しい事なんだ。


あの日聞こえたあの時も、
歌っていた人は楽しんでた?


歌なんて、自分を惨めにさせる、
悲しませるだけだって思ってた。
憎い感情しか生まれなかったのに…



あの時から変わり始めてた。
文化祭で歌った時から…。


こんなにも自分の感情を
吐き出すことが出来るんだ…って。


認めたくなかっただけなのかもしれない。
弱い自分を、憎む自分を。



恵はマイクを握りなおし、
顔を上げた。


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