恋口の切りかた
「んん──んんっ!」

叫びながら──と言っても、口を塞がれているので言葉にならなかったけれど──私は身をよじって暴れてみた。


「あームダムダ」

転がったままジタバタと体を動かす私を見下ろして、暗夜霧夜はそっけなく言った。

「こっちも素人さんじゃねえんだ。簡単に抜けられるような縛り方はしてねえよ」

言われて、私は腕に食い込む縄の感覚を自覚して、自分が後ろ手に縛られて転がされていたのだとわかった。


「ついでに、ここは城下から離れた廃屋だ。声が嗄れるまで叫んでも誰も来ないぜェ?」


私のそばに座り込んで、霧夜はそう言った。


肩に当たる硬い感触は畳のものではない気がしていたけれど、

視線を動かしてよく見ると、私がいるのは農家か何か──朽ちかけた古い家の板の間の上のようだった。

夜の虫の声に混じって蛙の声が聞こえる。

今は何時なのか──廃屋の中は真っ暗で、とっぷりと日が暮れてしまっていることが窺えた。


「おう、長ドスでも探してンのか」

せわしなくキョトキョトと目を動かす私を眺めて、霧夜は自分の後ろから刀を取り上げて見せた。

「んん──っ」

私の刀! と叫んでみたけれど、やっぱり言葉にはならなかった。

「テメエみてーな物騒な娘に、こんなモン持たせたままにするわきゃねーだろ」

霧夜は鼻を鳴らして、

「この状況で泣き出しもせず、良い度胸だなオマエ」

彼を睨みつける私に向かって、初めてニヤッとした笑いを見せた。

「それとも武家の娘ってのはみィんな、こんな風に気が強いのかね」

彼はズラッと私の刀を抜いて、冷たい刃先でぴたぴたと私のほっぺたを叩いた。

「おーおー、恩人のこの俺をそんなに睨むなよ。ったく、感謝して欲しいくらいだぜ。
俺がいなかったらオマエ今頃、蜃蛟の伝九郎の野郎に手込めにされてたところなんだぜェ?」

その言葉で、
私は意識を失う前に聞いたあの若い剣客の言葉を思い出して、背筋が冷たくなった。
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