恋口の切りかた
冬馬と風佳 の 章
【…】
江戸に近い街道沿いの古寺の本堂の中、
暗がりに立てられた蝋燭を囲んで、数人の人間が話し込んでいた。
新月の晩の夜更けである。
外も中も、蝋燭の灯火以外は黒々とした闇だった。
「ツナギ役に潜り込ませておいた蜃蛟の伝九郎が殺された」
「なに!? 伝九郎が!?」
「ふん、あの人斬り狂いの馬鹿のことだ。ツナギが積極的に手を出して、渡世人の抗争に巻き込まれて死んだか?」
「いやそれが……」
「なんだ」
「どうも、武家の人間に斬られて死んだらしい。それも一対一の決闘で」
「伝九郎を斬るような奴がいるのか?」
「ああ。聞いて驚くなよ? 例の『結城家の長兄』の部下らしい」
一瞬、しんとその場が静まり返った。
しばし落ちた沈黙の後、
にわかに殺気立った空気が漂い始めた本堂の中で、あちこちからうめくような溜息が漏れた。
「また結城家か。忌々しい」
「お頭、潜り込ませてある『あいつ』は使い物になるんだろうな?」
そう言われて──
「なってもらわなきゃ困る」
本尊の前に座っていた若い男は顔を上げて口を開いた。
「伝九郎が死んでも関係ない。
『奴』が成長するまで十年も待ったんだ、計画は実行する」
「は。お頭にとっては、親の仇だもんな」
くくく、と「お頭」と呼ばれたその若い男は笑った。
「長かった。ようやく憎たらしい結城晴蔵に地獄を見せてやれる」
はだけた着物から覗く右胸に、三本足のカラスの入れ墨がある。
「まずは手始めに──家族を殺される苦しみを味わわせてやる」
男は冷酷な薄笑いを浮かべた。
「結城円士郎だ。このガキさえ殺してしまえば、あとはこちらのものだ」