恋口の切りかた
「ちょうど、先月におつるぎ様が捕まった一件のあった直後くらいから──ですかねェ。もうずっと俺も会ってません」

遊水は翡翠のような瞳で、暗い天井をうつろに見上げてそう言った。

私は不安になった。

「まさか、鳥英さんの身にも何かあったんじゃ──」

「ああ、いやいや」

遊水は寂しそうにふふっと笑って、

「その心配は無用です。大家に訊いたら、彼女の家の者たちが来てここを引き払って行ったそうですから」

「家の者たち──?」


「鳥英殿は、武家の人間だよ」

背後からかかった声に振り返ると、

往診に行く途中の虹庵が戸口の外に立って、中を見つめていた。


「縁談が決まったのだそうだ」

と、虹庵は金の髪の男にじっと視線を向けたまま言った。

「先月、私のところに挨拶に来て、家に戻って行ったよ」

「そうかい。そいつは──めでたいな」

遊水は虹庵のほうは見ようとせず、薄暗い天井を見上げたまま呟いた。

「遊水、君は──」

虹庵はややためらうような素振りで言い淀んでから、

「──彼女の素性については知っていたのか?」

と、遊水に尋ねた。

くっ、と遊水の喉から低い声が漏れ出た。

天井に向けていた翠玉の瞳を、遊水が虹庵に向けた。

「最後に会った時に、聞きやした。彼女は──」

なぜか彼の目には、ぞっとするような色が潜んでいた。

「──絶対に俺が手を出しちゃあならねえ女だった」
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