恋口の切りかた
私は、鳥英がここを引き払ったと知ってなお、こうして誰もいない長屋の中に一人でいた遊水は、どんな思いだったのだろうと考えた。

ひょっとして彼は鳥英が消えてしまってから、今日までにも何度もここを訪れていたのではないだろうか。

そんな気がした。

「おつるぎ様、彼女に用があるなら、堂々と武家の人間として彼女の家を訪ねたらいい」

遊水はそう言って、私に向かって微笑んだ。

「おつるぎ様が会えない身分の娘なんて、この家中にそうそういるもんじゃあねえんですしね」

「鳥英さんは、どこの家の……」

「そいつに関しては、兄上にお聞きなせえ」

遊水はまた、怖い顔になって言って、

「エンに……?」

おそるおそる問い返した私に、ふっとまた表情を和らげた。

「おつるぎ様には、何も知らせてなかったんですねえ、円士郎様は」

遊水は、あの人らしいなと呟いて笑って、

「円士郎様は、とっくに彼女の素性をご存じだったようですぜ」

と言って、黙り込んだ。
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