恋口の切りかた
「え……」

思いきり抱き締められて、私はびっくりした。

「ごめんな、留玖。ごめん……」

突然謝られて、何のことかわからなくて、

どきどきと胸が騒ぐ音を聞いていたら、


「昨日の晩、あいつがお前を屋敷に送り届けてきて、そのとき何があったのか聞いたよ。

そばにいてやれなくて──すまない」


円士郎の声が耳元で囁いた。



「昔のこと思い出して、つらい思いしたろ」



彼の温かい言葉が、じんわりと胸に染みこんで広がって

私のことを思ってくれる円士郎が苦しいくらいに嬉しくて、


やっぱり円士郎しかいない。

ずっと円士郎のそばにいたい。


そう思った。


円士郎の声を聞くだけで安心できる。

円士郎の腕に包まれているだけで、
心の中にあった冷たくて暗くて嫌な記憶も溶かされていく気がする。


離れたくない。
ずっとこうしていたい……。


円士郎の着物をつかんで、私はぎゅっと目を閉じて──


それから、

「だめだよ……行って、エン……」

昨夜、別れ際に青文が放ってきた言葉を思い出した。
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