恋口の切りかた
「あ……」

兄上に、と答えかけて、


「──お慕いしている方にです」


私はほっぺたに熱を感じながら言い直した。


「その方から、かんざしをいただいたので……お礼に……」

「まあ」

ふふふ、とりつ様は嬉しそうに笑った。

「留玖殿にもそのような方が?」


私はこくんと頷いた。


「……心からお慕いしている方です」


たとえ、結ばれないとわかっていても──


「まあ、まあ」


りつ様はころころと笑って、いつでも教えるからこの離れに来ていいと言ってくれて、


私は針で指を刺したり、

縫い目が変になったり、


それから一月もの間、初めて縫う着物と格闘した。


縫っている間ずっと

早く仕上げて円士郎に渡したいという気持ちと、

これが仕上がってしまったら、
円士郎のことをきっぱり諦めなくてはならない、仕上げたくないという気持ちとがせめぎ合って──



ようやく着物が縫い上がって、私が

これを渡して、
思いを伝えて、
円士郎への思いを終わりにしようと決心した日に、


それは起きた。
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