恋口の切りかた
どうして……?

あの人と一緒にいられたら、私は何もいらなかったのに……。

側室の座なんていらない。

お世継ぎの母上になんてならなくていい。


私はただ、あの人のおそばにいたかったんです、神様──。


目の前には子供の頃からいつもそばにあった笑顔が浮かんで、恋しくて、彼に会いたくて、



ふと、手をついている目の前の木が、桜の木だということに気づいた。



頭上の闇に浮かぶ枝は、すっかり葉桜になっていたけれど、

さわさわ、

夜風に優しく葉擦れの音を立てて木が揺れて、




「お前と出会わずに生きてきた年月より、お前と出会ってから過ごした年月のほうが長くなった。

俺とお前と両方ともな」


「好きだ、留玖……」


「来年も、再来年も、こうしてお前と桜を見たい」




つい二月前に、満開の桜の下で聞いた円士郎の囁きが
いくつも、
いくつも、蘇った。


「いやぁ──っ」

私は目の前の木にしがみついた。

「エン──!」

彼の名を叫んで、ずるずるとそのまま木の根元に座り込んで、



どれだけそこで泣きじゃくっていたのか──
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