恋口の切りかた
「留玖」

背後からかかった優しい声に、そろそろと後ろを振り返った。

星明かりの下、
裸足で、
寝間着に羽織を一枚羽織っただけの姿で、

お殿様が、困ったような顔をして私を見下ろしていた。


はああ、と大きく息を吐いて、お殿様は私のそばにしゃがみ込んで、


「困ったな……こりゃ、本気で嫌な予感が当たったよ」


そんなことを呟いて、私の顔を覗き込んだ。


「心配したよ、留玖。とにかく戻ろう」

「いや……っ!」

桜の木にしがみついた私を見て、お殿様は眉をハの字にした。

「お前、自分が今どんな格好してるか、わかってる?」

言われて、私は初めて半裸の自分の姿を見下ろして、悲鳴を上げて前を隠した。

「やれやれ」と言って、お殿様は羽織っていた上着を私にかけて、


いきなり両足と背に手を回されて、抱え上げられた。


「いや……! 降ろして!」


暴れようとした私に、


「いい加減にするんだ。こんな状況を他の者に見つかって大騒ぎにしたいのか?

お前が閨から逃げ出したことが広まって困るのは、晴蔵や──円士郎だ」


お殿様が放ったその一言で、私はぴたっと静かになった。

急に、自分がとんでもないことをしてしまったのだと気づいて、


父上や円士郎にどんな迷惑がかかるのかと考えて、恐ろしくなった。
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