恋口の切りかた
「わ……私……」


自分の頬を涙が伝っていたことに気がついて、私は必死に止めようとしたけれど、できなくて、

お殿様の手が、そっと頬に伸びて涙を拭いた。


「あのな。俺は一応、この国を預かる身だ。

そんな俺に、恋しい男を思って泣いて嫌がる娘を、無理矢理手籠めにしろっていうのかい?」


優しい微笑みと共に、やっぱりちょっと困った様子でそう言って、

若いお殿様は私の上から退いて、私を抱き起こして座らせた。


それから

はああ、とまた大きく嘆息して、


「晴蔵から、相手がいるとは聞かされてたけど──まさか、ここまで心底思う相手とはね」

と、額に手を当てて言って、

私は青くなって震え出した。


「心配しなくていい」


私の様子を見たお殿様はなぜか優しい口調でそんなことを言って、微笑んだ。


「晴蔵がね、相当色々と言ってきたんだ。

留玖はまだ剣術を修めている途中の身だから、奥に上げるのは待ってほしいとか、
女物の着物を着るのを嫌がる癖があるから、そんな女は俺には相応しくないとか……

この側室の話をやめさせようと、必死の様子だった」


私はびっくりした。

父上がそんなにお殿様に働きかけて下さっていたなんて、全く知らなかった。


「剣術なら、晴蔵や他の者が稽古のために城に来れば会うのを許すし、
格好は男装のままでいいと言ったら、

留玖には相手がいるらしいからと言って渋った。

そう聞くと、俺も気は進まなかったんだよ。

でも、義母上の春告院様や──その、」


一瞬だけ、柔らかい眼差しが、その名を口にするのをためらうかのように躊躇の色を見せて、
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