恋口の切りかた
お殿様の言い出したその「取り引き」の内容に私は驚いて、どうしてそんなことをこの人が言ってきたのかわからなかった。

「円士郎にも、俺から折を見て早いうちに話すよ」

お殿様はそう言って、

「何だか意外です」

円士郎とは間逆の──女性的な柔らかい印象の綺麗な顔を見つめて、私は無礼と思いつつ言った。

「お殿様って、もっと堅苦しくて近づきがたい方って言うか……こんな風に私とお話してくださる方だとは思いませんでした」

「ああ──」

お殿様はくすっと笑って、

「俺は──死ぬまで、四六時中周囲の人間と堅苦しい会話だけして暮らすなんて無理だ」

と肩をすくめた。

「先代のように、生まれつき砂倉家の御方はどうなのかわからないけれどね。
俺はもともと留玖や円士郎と同じ、先法御三家の人間だから」

言われて私は、
この人が幼い頃に、真木瀬家から砂倉家に末期養子として入ったと聞かされていたことを思い出した。

「だから──留玖もその『お殿様』っていう言い方も何とかしてくれないかな。
女中じゃないんだし……」

彼は可笑しそうに言った。

「まあ、急には無理かもしれないけど、せめてこうして奥にいる時はさ。
俺だってちゃんと時と場所は考えて、家臣の前では『堅苦しく』振る舞ってるよ」

「あ……えっと──」

「『殿』でも『左馬允』でもいいけど」

「えっと……じゃあ、左馬允様」

おずおずと口にした私に向かって、「殿」は屈託のない笑顔を見せて──

この夜は、俺がこれ以上ここにいるのは良くないな、と言って、どこに行くつもりなのか私を一人残して閨を去ってしまった。
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