恋口の切りかた
【円】
俺の打ち込みを受けた鬼之介が吹っ飛んで、道場の床に転がった。
おお! という歓声が周囲から起きる。
「おのれ、何なんだ……」
背中を強かに打ちつけてむせながら、鬼之介が身を起こした。
「これまでの稽古では手でも抜いてたのか? くそ、急に強くなってないか貴様」
「別に。手なんか抜くかよ。
おら、立て。こんなんじゃ稽古にならねえぞ」
木刀を構え直しながら俺は言って、
「このガキ、いい気になるな!」などと言いながら、鬼之介が打ちかかってきた。
鬼之介の後、冬馬や他の門弟を数人相手にして──
稽古を終えて汗を拭っていると、久方ぶりにそろって稽古を見ていた親父殿と虹庵が何やら頷き合って、
「円士郎、これからは早朝と夕刻、儂が相手をしてやる。
役目の前と後に毎日稽古場に来い」
と、親父殿が直接言ってきた。
おお、とまた周囲の門弟たちから驚きの声が上がって、「凄いじゃないか」と鬼之介が肩を叩いた。
「は。よろしくお願いします」
俺は親父殿に頭を下げてそう言って、
ニコリともしない俺の表情に気づいたのか、鬼之介が「もっと喜んだらどうだ」と肩をすくめた。
それには答えずに──
「近頃の円士郎様は、何やら鬼気迫るようですな」
「ふむ。若い頃の晴蔵様や虹庵殿を見ているようじゃ」
などという古くから道場に出入りしている年輩の門弟たちの囁きを聞きながら、俺は道場を後にした。
物足りない。
鬼之介が稽古相手として不足だということなど決してない。
だが、
留玖がいなくなって──
俺は誰とどれだけ打ち合っても、満たされないような気分を味わっていた。