恋口の切りかた
今日は役宅に行く日でもないし、だからと言って町に繰り出す気にもなれなかった。

これまでこういう時にどうやって時間をつぶしていたのか、
俺は急にわからなくなって、自分の部屋に一人で戻った。

未だに袖を通していない、留玖が縫ってくれた着物を取り出して眺めて──



「来年はお花見、私が縫った着物着て来てよ」



留玖の言葉が、耳の奥で鮮明に蘇った。


ちゃんと留玖の前で、着てやれば良かったな……。

ぼんやりと、そんなことを思った。



「来年もまた、二人でここに来ような」



あの時の、俺たちの言葉は──



「来年」があると信じて疑わない言葉だった。



まさか突然、こんな別れが待っていようとは、思ってもいなかった。

これまで当たり前のようにそばにあった彼女の笑顔が、こうして消えてしまうなど──想像もできなかった。



改めて思い知る。

彼女と一緒に、
まるで空気のように、俺のこれまでの日々の中には確かな充足感が存在していた。


それが、消えてしまった。


互いに認め合って剣の道を志した者と、

生涯を懸けて守りたいと思っていた者とを同時に失った喪失感が、重く大きくのしかかった。



刀丸と出会う前に、自分がどのように暮らしていたのか──まったく思い出せないことに愕然とした。



「兄上」と声がしてそちらを見ると、
開け放ったままだった障子の向こうの廊下に冬馬が座して、俺を見ていた。
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