恋口の切りかた
「大丈夫ですか?」

冬馬は、どこかの与力のように眉間に皺を作ってそう尋ねた。

「何がだ」

俺は眺めていた着物をしまって、特に学問書を読む気もなかったが文机の前に座った。


「皆はああ申しておりますが──」

冬馬は不安そうな声で俺に向かって言った。


「近頃の兄上は確かに、お出かけになる時や稽古の時は以前にはなかったような気合い漲るご様子です。

ですが、お一人の時はいつでも、お部屋で姉上がお作りになった着物を眺めて、そのようにぼうっとなさって……

あまりに人前の時との差が大きくて、私は少々心配です」


「そうか……気にかけてくれたのか。
悪ィな、お前に心配させちまって」


俺が素直に感謝の言葉を口にすると、
冬馬はぎょっとした様子を見せて、それからますます表情を曇らせた。


「大丈夫だ。別に町で暴れたりして荒れてもねえだろ。
お前が心配するようなことはねえよ」

「ですが……」

「これまで己の隣にあるのが当然だったモンが急に消えて、ちょっとスカスカしてるだけだ」

「…………」

黙り込んだ冬馬を見て、俺は苦笑する。

「お前も風佳と会うのを禁じられてこういう思い、したんだろ。
まったく、兄弟そろって似たような目に遭ってるよなァ俺たち」

言いながら、どうしても自嘲気味になるのは止められなかった。

「お前は、急にいなくなったりすんなよ」

俺は切腹しようとした義弟にそう言って笑いかけた。

冬馬は目を大きくして、しばらく俺を見つめて、

「はい……! 私は何があっても兄上の弟です」

と、キッパリした声で言って下がった。
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