恋口の切りかた
つまり──そういうことだろうかと、
少しだけ、彼女と出会う前の自分がどんなだったか思い出せたような気がした。


ちょうど今のように、

あの頃の幼い己は何かに飢えた獣のようで、常に満たされない隙間を抱えて胸の辺りがぎらついていた。


刀丸と出会って、
初めて
誰かと互いに認め合うことや、
誰かが慕ってくれるということを知って、

その隙間にはいつの間にか、柔らかくて温かなものが住みついて、

俺は、満たされた思いで日々を送るようになっていたのか──。





そんなことに気づいてから数日後に、

剣の稽古相手をしてほしいという殿様からの呼び出しがあって、俺は登城した。



留玖のいる奥御殿がある二の丸に通されて、俺は少し落ち着かない気分になったが、

彼女の姿を目にすることもなく、俺はなぜか人払いされた城の中庭に案内された。


そこには殿様こと砂倉左馬允が一人で庭木を見上げて待っていて、案内してきた者は俺を送り届けると早々に立ち去ってしまった。


何だ?


稽古場でもない庭園の中を、俺はやや困惑しながら殿様に歩み寄って、


殿様が見上げている樹木が桜の木だということに気づいて、ずきんと胸に痛みが走った。



くそ──。

これから先、俺はずっと、桜を見るたびに彼女のことを思い出すのだろうか。



思わず唇を噛んで、


「円士郎、待っていたよ」

殿様が随分と気安い口調で言って振り返ってきて、少し意外な気がした。
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