恋口の切りかた
「は。本日は稽古と聞いておりますが……?」

俺が丁寧に返すと、殿様は柔らかい笑顔を作って、

「今は、人払いしてある。そういう堅苦しいのはやめてもらえないかな」

と言ってきた。


相手の意図がわからず、俺は眉根を寄せて──



「俺を恨んでいるかい?」



殿様はそんな砕けた喋り方で、つらそうな目つきで俺を見て訊いた。



「恨む……とは? 私が殿を恨む理由などございませんが」

戸惑いながら返答した俺に、

「そういう堅苦しいのはやめてくれって言っただろう? 俺だって、もともとは真木瀬の出なんだし。
今、この場で──円士郎とは距離を置かずに本音で話したいんだよ、俺は」

殿様は困ったような笑顔でそう言った。


「主従関係に則(のっと)った改まった言葉は、本心を隠すのには都合がいい時もある。

俺はね、あの青文じゃないんだ。
嘘偽りだらけの人間関係の中にいくら置かれても、そこから相手の本音を読みとってうまく会話するなんて芸当、得意にはなれないんだよ」


俺は目を丸くして、目の前の若者に視線を注いで、


「そいつは──気が合うな。俺も化かし合いの会話は大嫌いだ」


ニヤリとした。


「親父には殺されそうだが──だったら無礼を承知で、お言葉に甘えさせてもらうかな」


俺の言葉を聞いて、砂倉左馬允はくすっと穏やかに笑った。


「それで? 左馬允サマ。何だって俺が、殿様のあんたを恨むと思うんだ?」

「とぼけるなよ、円士郎」


穏やかに笑んでいた若者の顔が暗くなって──



「留玖のことで、お前が俺を恨んでいるだろうと言ってるんだよ」



左馬允の口から飛び出した名前に、俺は思わず耳を疑った。
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