恋口の切りかた
「江戸にいる俺の正室の好文(よしみ)の妹。
先代の殿の娘で──円士郎とは従姉弟ってことになるかな」

ふう、と出会った日のように溜息を吐いて、

殿は布団の上に足を投げ出して座って、背中の後ろに手をついて天井を見上げた。


「俺は数えで九つの時にこの砂倉家の養子に迎えられて、好文と初名に出会った」

「あ……」

私は思わず声を漏らしていた。

数えで九つ──。

「……私がエンと出会ったのも、彼が九つの時でした」

そうか、と殿は一瞬私のほうに目を向けて微笑んで、

「俺の正妻になったのは好文のほうだったけれど──うまくゆかないものだな」

再び天井に視線を投げた。


「いつの間にか俺が思いを寄せるようになっていたのは、初名のほうだった……。

惚れる相手を選べたら──楽なのにな」


はあ、と殿はまた嘆息した。



もしも、好きになる相手を選べたら……。

私も、楽だったのかな。



円士郎ではない人を好きになることができていたら──



でも今は、そんなこと考えられない、と思った。


例え、円士郎を好きになったことをどんなに後悔したとしても、

エンじゃない人を好きになっていたら──なんて、そんな「もしも」はもう考えられなかった。
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