恋口の切りかた
「好文にも俺の心は知られてる」

「え……」

「俺たちはね、家のためにわけもわからないまま周囲から夫婦(めのと)にされた、形ばかりの夫婦なんだ。

江戸屋敷の好文は好文で──参勤交代で一年置きにしか会えない俺なんかじゃなくて、江戸家老の樋山と恋仲になっちゃってるし」

「ええっ」

とんでもない話を聞かされた気がして、私は固まった。

「俺と好文の間に子ができないのは……そういうわけさ。
そんなことを知らない周囲は、俺に側室をあてがおうと躍起になって──留玖まで巻き込んだ。
……すまないな」

悲しそうに言う殿を見つめて、私はおっかなびっくり、

「でも……それなら初姫様を御側室にすることは……できないんですか?」

と、思ったことを尋ねてみた。

初姫様には確か、まだ何の縁談もないと聞いていた。

「それができれば──俺もそうしたんだけれどね。無理なんだ」

殿は困ったような笑顔でそう言って、

悲しそうな顔で黙って、

どうして無理なのか──それ以上は何も教えてもらえなかった。



「しかし……弱ったな。
昼の円士郎の様子だと、忍んで留玖に会いに来いなんて俺から言ったら──ふざけるなって本気で殴られそうだ。

彼の覚悟を見たら、こんな提案をしようとしてるこちらが恥ずかしくなった」


殿は私と円士郎のことに話を戻して、


「それに、留玖には悪いけど──俺は素直に、彼の態度が嬉しかったんだよ」


と、そんなことを口にした。


「理不尽に恋人を奪われたにも関わらず、あんな覚悟で忠義を示してくれる家臣を持つことができて幸せだと思った」

「そ……そんな……」

私はうなだれた。
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