恋口の切りかた
「……『天下』と、仰りたいのか」

俺がそう答えると菊田は──


獲物をついに捕らえたというような、ニヤリとした表情になった。


「そうか。円士郎殿は──己の天下が欲しいのか」


くっくっく……と、菊田は嬉しそうに笑った。

「いや、結構、結構! 若いということは良いのう」

そんな風に茶化されて、

まるで子供じみた発言をしたような気分にされて鼻白んだ俺を、オッサンは奥の見えない目を細めてしばらくじっと見つめた。


「そのように野望を持って天下を目指した者もあったろうし、
主君のために命懸けで働いた者もあったであろうな。

戦乱の世に比べてこの時代に圧倒的にないもの──それは、」


菊田は、何かを諦めきったような目で、



「充足感だ」



と言った。





充足感──





「戦などないに越したことはない。
太平の世、大いに結構。

だからこそ──古き世を打ち壊して、新しき世を築き上げようという時代の充足感は、我らには得られぬのだ。

幸福な悲劇よな。

儂らはただ、誰かの築き上げた世の決めごとに従って生きることしかできぬ」
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