恋口の切りかた
菊田の言葉は、

俺の中に巣くった飢えにも似た感覚の正体を、見事に言い当てていた。



「誰かの築き上げた世の決めごとに従って生きることしか……」

俺は口の中で小さく繰り返した。


その「世の決めごと」とやらに従って、
為す術もなく留玖を失った今の俺には、胸に深く突き刺さる言葉だった。


ふふ、と菊田は笑って、天を仰いだ。

「この閉塞感に気づいた時、儂は──なんとつまらぬ世に生まれてきたのかと思うたものよ。

己の行く先が、死ぬ瞬間まで見えた気がしたわ」


俺ははじめて、
自分と血の繋がったこの大叔父の不透明な眼の理由を知った。


この世の全てに退屈しきっているような
生きながら死んでいるような

そんなうつろな目が見ていたのは、

果てしなく広がる遠浅のような──緩やかな絶望だった。


このオッサンは、ずっと腹の中にこんなものを抱えていたのかと思って、


「だからのう、円士郎殿。

こんなつまらぬ世に生まれてきたからこそ、面白く生きたいとは思わんか」


矛盾をはらんだようなその言葉に、何か危険なものを感じた。


「儂はそのためになら、何でもしようと思うておる」


菊田が薄ら寒くなるような口調でそう言うのを聞いて、

俺はふと、
以前菊田が、「人間の運命とは何がどうなるかわからない」と口にしたのを思い出した。

「だから面白い」と。


「ときに、円士郎殿」


どこか不穏な空気を漂わせたまま、菊田は退廃的に笑んだ。
< 1,934 / 2,446 >

この作品をシェア

pagetop