恋口の切りかた
左馬允はまた深い溜息を吐いて、

「なあ。円士郎は、つまらない時代に生まれてきたと思ったことはないか?」

と尋ねた。


俺は今度こそ、飲み込もうとしていた茶を気管のほうに吸い込んでむせ返った。

「な……なんだと?」

つい先刻、全く同じ質問をされたばかりだった。


「昔、ある人が俺にそう訊いてきたんだよ。
俺は──今なら、その人の気持ちがわかる気がする。

他人の言うがままになりたくもなかった殿様に仕立て上げられて、用意された轍(わだち)の上をただ走るだけの人生。

きっと、俺の一生は終わる瞬間まで轍を外れることはできないだろう。
多かれ少なかれ、この時代に生まれた俺たちの一生はそうじゃないか?」


「誰かの築き上げた世の決めごとに従って生きることしかできない……って言いてえのか?」


俺がうつろな眼をした大叔父の言葉を口にすると、
少し驚いたように左馬允の目が丸くなった。

「その『ある人』って菊田水右衛門だろ?」

「そうだけど……」

目を見開いたままの左馬允に、

「俺もさっきその話をされたんだよ」

と俺は言った。


すると左馬允は納得したように「そうか」と呟いて、目を落とした。


「あの人はね、憐れみを込めて俺にその話をした。

俺は──あの人の期待に応えることができない主君だったから……」


「…………?」


菊田を「あの人」という呼び方で呼ぶ左馬允に、何か変な気がした。
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