恋口の切りかた
首を捻っていると、俺の表情を見た左馬允は慌てたように「すまないな」と謝った。

「こんな──それこそ主君らしからぬ、グチみたいな話を聞かせて」

「いや」

俺は笑った。


「まあ、あのオッサンの言うとおり、俺たちの生きる今──この時代には、体制を打ち壊す理由なんてねえもんな。

優れた先人たちが命を賭して築き上げ、民が平和に暮らす今の世を打ち壊すことが、いかに愚かなことかは明白だ。

自ら新しい世を築き上げるような──混沌とした時代の充足感は、得られねえ」


留玖と出会ってから久しく忘れていた。


確かに、

留玖と出会う前──武芸に打ち込みながら、俺が常に心のどこかで求め、欲していたのは「それ」だった。


男として──武士として生まれてくるなら、戦乱の世が良かった。

先人たちの武勇伝を聞いて、その時代に生まれてさえいれば、きっと己の手で何かを成し遂げて死ねるような気がしていた。



──充足感。



留玖と過ごした日々が与えてくれた充足感は、俺の中のその隙間を十分に満たしていた。


その彼女を今また──このつまらない時代に生まれてきたせいで失った、ということになるのだろうか。
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