恋口の切りかた
「青文には一刻も早く執政の座に戻ってほしいんだけどな……」

そう言って、左馬允は首を振った。

「しかし海野たちの言い分に従って、彼の覆面の下の素顔をさらすわけにはゆかないんだ」


ん……!?


「待てよ!」


俺は思わず声を上げた。


「そりゃ、どういう意味だ?
まさかあんたも──青文の素顔を知ってんのか!?」

「俺『も』?」

しまった──。

左馬允が聞き返してきて、俺は口を滑らせたことを悔やんだ。

「円士郎も青文の素顔を見たことがあるのか?
お前たちは犬猿の仲だと聞いていたけど……」

俺は軽く嘆息して、諦めることにする。

青文の過去や雨宮失脚の真相に繋がりそうな部分は極力避けて、俺は自分と青文との交友関係についてだけざっと説明した。

「すると──長廊下での一件は、市井に詳しい円士郎を町奉行所の助役にするために、円士郎も了承済みで一芝居打ったってことか」

左馬允は面白そうに手を打って、勝手にそんな風に解釈してくれた。

「あんたは、なんで青文の素顔を知って──」

「当然だろう。
いくらなんでも主君が家臣の顔を知らぬまま、覆面で登城することを許すと思うかい?」

考えてみれば、そりゃそうか。

「知った上で、許したのか」

「異人の血を引いているという理由だけで失うには惜しい人材だということくらい、わかるさ。
第一、彼は俺を御三家から殿様の座に引っ張り上げた、俺にとっては一番の後ろ盾だ」

左馬允は唇を噛んだ。

「それだけに──今のこの状況は痛い。
盗賊だという海野たちの話は突拍子もない内容だと思うけど、姿をさらせばますます彼の立場が悪くなるのは明白だ」

「……まァな」

さすがに左馬允も、海野たちの言うとおり本当に盗賊だったとは知らないようだが、

それでも左馬允が、金髪緑眼のあの友人の素顔を知ってなお、彼を起用したという事実を俺は嬉しく思った。
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